鳩サブレー缶の思い出
その店長は鳩サブレーの袋を見ると常連客だったおばあちゃんの姿を思い出す。
おばあちゃんは毎日決まって鳩サブレー缶を持参して11時に来店して、15時には帰るパターンを繰り返す常連客だった。
鳩サブレー缶の中には折り紙が入っていた。
おばあちゃんは負ける金額を決めていて、それを使い切ると休憩室で折り紙を折るのが日課だった。その一方で、確変で玉が出ていても帰宅時間の15時になると途中でも打つのを止めてしまうのが常だった。どうやら帰る方を優先した。
とにかく、11時から15時の「折り紙おばあちゃん」として従業員はもとより、常連客の間でも有名なおばあちゃんだった。
折り紙といっても簡単なものではなく、恐竜なども折り紙で折ってしまうほどの腕前で、折り紙は施設などへ寄贈したり、従業員へプレゼントすることもあった。
会社の規則でお客さんからものを貰うのは禁止されていたが、折り紙なので快く受け取り、事務所に飾っていた。
ところが、ある日を境に、折り紙おばあちゃんが姿を見せなくなった。
歳も歳なので皆が「入院でもしたのか」と心配していた。
店長はある日、単組の会議に出席した。その時の茶菓子が鳩サブレーだったことから、雑談の中で「折り紙おばあちゃん」の話をした。
すると2代目の若社長が「それはウチの母ですよ。ウチのホールでは打てないのでお宅にお邪魔させてもらったんだと思います」とおばあちゃんの素性を明かした。
折り紙おばあちゃんは、競合店へ10年以上通っていたことになる。来店しなくなったのはやはり体調不良が原因だったが、今は元気にしているとのことだった。
元気になっても来ない理由は、店長にとっては衝撃だった。
オーナーである父親と母親が住む家に、2代目の奥さんが家事を手伝いに来るようになったのが10年前。11時から15時まで掃除や洗濯などをする代わりに、オーナーがお嫁さんに小遣いを渡していた。
ところが、母親であるおばあちゃんと2代目のお嫁さんが不仲で、嫁と一緒にいたくないために競合店通いを始めた。
入院した後で自宅療養するときに息子である2代目にはっきりと告げた。
「お前の嫁が大嫌いで同じ空気を吸うのも嫌だからよそへパチンコを打ちに行っていた」
これを初めて聞いた息子は驚くと共に、家事を手伝うのを止めさせた。
すると、おばあちゃんはパチンコを打ちに行く理由がなくなった。元気になってもホールへ行かなくなったわけだ。
人生いろいろ、人それぞれパチンコを打つ理由があるという話だった。